テロはオオカミの敵

 少なくともこれまでの歴史にあっては、自然保護文化の発展には平和、平等、自由、経済、ゆとり、文化及び科学技術といった社会的、政治的、経済的、文化的条件を充たすことが必要であった。
このことは、これらの条件をワンセット、いち早く充たした国家、米国及び英国で19世紀、世界に先駆けて自然保護文化が芽生えた事実をみれば明らかである。
同じヨーロッパにあっても、戦乱など政治的混乱が続いたフランス、プロイセン=ドイツ、地中海沿岸諸国でのこの文化の萌芽成長はずっと後になってからのことである。
日本がこれらの必要条件を一揃え充たすのは第二次世界大戦に敗れ、民主主義国として再生し、高度経済成長期に到ってからのことである。
かくして、現在、自由な市民文化として自然保護文化が展開しているのは西側先進国に限られる。社会主義国は自由、経済、ゆとり、科学技術といった条件を満たせないがゆえに、この文化に関する活動は低迷し、政治的枠組みすら崩壊したのである。
現在、多くの途上国では自然保護文化の芽を育てる土壌が存在しない。 
オオカミ保護と復活運動の展開はずっと遅れて1970年代以降に展開するが、やはり北米と西欧諸国でのことだった。西欧諸国は戦後、自然保護文化発展のための条件を全て充たすがゆえにEUに発展した。EUはオオカミの保護と復活を定めた。しかし、旧社会主義国を含めて多くの途上国ではオオカミの受難は続いている。

 東西冷戦構造の消滅の後、世界の大勢は環境・人口・貧困を新世紀の最重要課題として位置づけ、紛争を平和的に回避しつつ最大限の努力を払う方向に歩むかに見えた。これは自然保護文化にとっては依然遠い灯りではあるが希望であることは確かであった。

 だが、ニューヨークの世界貿易センタービル及びワシントンの国防総省ビルの破壊テロは、こうした全ての願望を打ち砕くものであった。多くの尊い人命が失われただけではなく、国際的な金融と経済は大きな打撃を受けた。一挙に軍事的緊張が走り、人々は戦争の必要性を肯定し、その準備に奔走しはじめた。
こうした反応はすべて自然保護文化の萌芽発展条件に対立し、これを阻害することは明らかである。氷山のほんの一角ではあるが、この事件以来、日本のマスコミから自然保護・環境保護に関する報道が姿を消したことをみても明らかである。
政府もこれに翻弄されているかのように見える。自然保護文化発展のための条件整備に使われたかもしれない膨大な金額が軍事費に消費されるのは誠に残念なことである。
しかし、忘れてはならないことは、このテロが自然保護文化とはほど遠い極貧の環境の中で人々の敵愾心と怨念をエネルギーにして産み出されたことである。
テロリストは裁かれるべきである。しかし、それだけでは問題は解決しない。テロの撲滅とはテロを生産する反自然保護的環境の改善でなければならない。その改善の目標は、平和で自由で豊かな社会である。

 理性にしたがった事態の冷静な解決と早々の沈静化を望む。この不幸を契機に自然保護文化のための必要条件を思い起こそう。オオカミの保護と復活のための出発点はそこにある。

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丸山直樹(日本オオカミ協会会長、東京農工大学農学部野生動物保護学研究室教授)





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